むかしむかしのことじゃった
なにわの国 都島という村で若い衆が集まってわいのわいのしておった
それがあんまり楽しそうで賑やかなもんだから
山を二つ越え、谷を四つ越えた所にある地獄の底にまで笑い声が届いてしもうた
地獄の二匹の鬼が耳を澄ましてよ〜く聞いてみると
どうやら春の田植祭りで山神さんに奉納する芝居の稽古をしておることが分かった


「そういえばこの前、閻魔様が暇じゃ退屈じゃとぼやいておったな」
 「おおそうじゃ、この前は退屈しのぎに鬼達を八千と十二匹も殺してしもうたんじゃ」
「どうじゃろう、このいかにも楽しそうな芝居を閻魔様に見てもらうというのは」
 「良い考えじゃ 退屈しのぎにまた殺されては敵わんものなぁ」
「では早速出かけようではないか」
 「おぉ行こう行こう」


と、まぁとんでもない事になってしもうたんじゃが
そんな事とは知らずに相も変わらず大騒ぎで稽古をしておる村の衆じゃった


「おぉ大介どん久し振りじゃのう〜」
「ほんにほんに、稽古にも来んと何してござった」
「すまんのう、春野菜の準備が間に合わんと、てんてこ舞いじゃった」
「ほうかほうか、まぁ仕方ねぇ、ほれ台本じゃ」
「何じゃ!? 祭りにはまだ一月以上あるのにもう出来上がっとるだか?」
「そうじゃぁ、岩橋どん気張っとったでなぁ」
「まんずまんず」


そこへ何だか生温かい風が吹いてきたと思ったら急に墨でも流したかのように空が真っ黒になってしもうた
村のもんが何事かと空を見上げた途端にその場にいた全員のうなじの毛がざわりと総毛だったのじゃ


「なんじゃ・・・なんじゃ!」
「あれを見いっ!」
火車じゃっ! 地獄の門が開きおったわ!!」


村のもんが怯え恐れ震えて地面に這いつくばっておると
   がちゃり
と大きな音を立てて火車から二匹の鬼が姿を現わしおった


「わしの名前は血〜ちゃん」
 「わしは苦〜ちゃんじゃ」
「おまえらのやっておる芝居を閻魔様に見せたい、一緒に地獄に来い」


さぁ、それを聞いた村のもんの驚いたの何の


「えらいこっちゃ、生きたまんまの地獄流しじゃ」
「わしゃまだ死にとうないぞ」
「なんまんだぶなんまんだぶ」


皆が大騒ぎしておる中を二匹の鬼が笑いながら村のもんを捕まえようと手を伸ばしてきたその時
村一番の知恵者の大介どんが大音声でこういった


「待てい待てい、この芝居は山神様に奉納する芝居じゃぞ山神様に見せる前にオラ達を地獄に
 連れて行ってしもうたら閻魔様が山神様に大目玉じゃぞ、そうなったら鬼共よ何とする」


これを聞いた鬼達はぶるぶると震えだした
山神様に怒られた閻魔様が鬼達を無事に済ますはずもない


「わかったわかった祭りが終わったその夜にまた来よう」
 「それまではしっかり稽古しておけ」


そういって二匹の鬼は帰っていったのじゃが


「ふぅ大介どんのおかげで命拾いじゃ」
「しかしのう鬼共また来ると言っておったぞ」
「そうじゃのう先延ばしになっただけじゃ」
「待て待て大介どんに何やら考えがある様子」
「なんじゃ!良かった、大介どん様々じゃぁ」


そして村のもんは安心して稽古に励みとうとう祭りの日が来たのじゃった


「ふぅ取り合えず祭りは無事に終わったのぅ」
「後は鬼共が何とかなればええが」
「本当にこんなんで大丈夫かのう」
「何をいまさら、大介どんと神様仏様を信じるんじゃ」
「あっ見てみい、来おったぞ、鬼共じゃ!」
「しーっ静かにせい、耳をふさげ、目もつぶるんじゃ」


二匹の鬼が境内に降り立った途端に今までチュンチュンと騒がしかった雀達が
ばたばたと倒れてゆく
前回とは違い物凄い怒気じゃった
閻魔様の退屈しのぎに余程苛められたのじゃろう


「長かった、長かったぞぉ」
 「一日千秋の思いじゃったわい」
「さて何処におる」
 「ん? つい先ほどまで声がしておったのに姿が見えん、どういうことじゃ?」
「おらん! 半径千里以内には影も形も見えんぞ?!」
 

見えないのも道理、知恵者の大介どんは村のもんの体中に有難いお経を書いておいたのじゃった


「くく、どうしてくれようこのままでは閻魔様に大目玉じゃ」
 「むむ? 何じゃあれは、ほれあそこじゃ」
「何じゃこれは眼鏡が浮いておるではないか」


何ということでしょう大介どんはうっかり岩橋どんの眼鏡にお経を書くのを忘れてしまったのです


「仕方ない、少なくともここに来た証拠にこの眼鏡を貰っていこう」
 「そうじゃな閻魔様に似合うかもしれんしな」


そう言って二匹の鬼は去って行きました
ブルブルと震えながらじっとしておった村のものが恐る恐る目を開けてみるとそこには
無残にも眼鏡を引き千切られて息絶えた岩橋どんの姿があったのじゃ


「おぉすまんことをした、眼鏡を書洩らしてしもうたんじゃなぁ」
「良かったのう有馬どん」
「何がじゃ?」
「おんしは最近コンタクトレンズじゃから助かったんじゃぞ」
「おぉ本当じゃ眼鏡をかけておったらわしも今頃・・・・」
「なんまんだぶなんまんだぶ」


こうしてこの村では眼鏡をかける村人は一人もいなくなったということじゃ
おしまいおしまい


                 

                              都島区民センターでのお話


                                                 語り 渡辺大介